座喜味城跡

座喜味城は15世紀の初頭、築城家としても名高い読谷山按司護佐丸(ゆんたんざあじごさまる)によって築かれたといわれる。護佐丸は当初、座喜味の北東約4kmにある山田城に居城していたが、1416年(1422年の説もあり)中山の尚巴志の今帰仁城(北山城)攻略に参戦し、その直後、地の利を考慮し座喜味へ築城したといわれる。1944(昭和19)年、旧日本軍によって高射砲陣地となり、戦後1956(昭和31)年に琉球政府の重要文化財に指定されるが1960(昭和35)年にアメリカ軍によってレーダー基地となってしまった。日本復帰の1972(昭和47)年には国指定史跡となる。翌年の1973(昭和48)年から1985(昭和60)年の間、文化庁、沖縄県の補助を受けて城跡の発掘調査や城壁修理が進められ、日常的に歴史と触れあえる空間としてよみがえった。2000年(平成12)年12月2日には村民待望の「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の資産のひとつとして世界遺産に登録された。